20070531
〜 Dormouse 〜
― 春うららかな陽射しが好きだ・・・。
暖かくて風の穏やかな日に、気の向くままに町をぶらつくのが、大好きだ。
イヤな事なんかみぃんな忘れて、楽しい事だけ考えて。
気の合う友達と連れ立って行くのも楽しいけれども、こうして独りで気ままに行くのも悪くない。
お気に入りのフレア・スカートをひらめかせながら、軽いスキップで町を歩く。
ここのトコロ続いていたイヤな事を投げ捨てて、鼻歌混じりにお散歩・散歩。
ふと気付いてみれば道端には小じゃれた花壇がいくつか造ってあって、そこには・・・。
― そこには?
綺麗に咲いた名のある花、知らない花、芝生があって、小さな植え込みもあって・・・。
― ・・・何で、ヒトが、寝ているの???
気分が悪くて倒れた、というような感じではない。
どう見ても・・・、気持ち良さそうに、寝ているヒトがいる。
クースカピー、なんて音が似合いそうな、実に心地良さそうな寝顔は、結構美形・・・?
日当たりの良い花壇の端に座っていたら、つい気持ち良くなって、そのままバタンキューとひっくり返って眠ってしまった。
しかも、それにすら気付いていないんじゃないかってくらいに熟睡している『スリーピング・ビューティー』?
「ええとぉ・・・?」
お花の咲いた花壇。知っている花、知らない花。
芝生を植えた花壇。自然の座布団で座れるトコロ。
植え込みのある花壇。こういうのも、町には必要だよね。
・・・ヒトも寝転ぶ日当たり良好な花壇・・・・・・???
「・・・・・・何か、違う・・・。」
よりによって、花の種を撒いたばかりの柔らかい土の入った花壇。
『お花を大切に』なんて可愛らしい看板まで立っている場所に、寝転ぶばかりか熟睡しているヒト。
いくら美形といえども、これはあんまりよろしくない気がしてならない。
少なくとも、私の基準で言わせてもらえば、『非常識』のレッテルを貼るのに十分な行為だと思える。
折角の絶好調だった気分を多少へこませて。
それでも、あまりの気持ち良さそ気な(しかも結構な美形の)顔に遠慮をしいしい。
私はそっと眠る少年を揺り動かしてみる。ゆさゆさゆさぶり―、
「あ・の〜?」
・・・反応、無し。寝息の音も、絶好調。
はぁ、と。
タメ息つきながらも、もう少し強めにゆさぶりをかけてみる。
・・・ダメ。全然、ダメ。
何の反応も見せないまま、少年は相も変わらず眠っている。
一体、どうすればこのヒトは起きてくれるのか。
― いっその事、起きてくれなくとも構わないから、花壇からどいてくれないかしら・・・。
ひどく手前勝手な事情であると思いながらも、おもわず考えてしまう。
― だって、そこの花壇の花の種・・・、今日にも芽を出して咲くはずだったのに・・・・・・。
第一・・・、普通だったら。こんなところでわざわざ眠る訳が無い。
― 普通じゃないわ、このヒト。普通じゃない・・・・・・。
「ま、イカレてるからね。」
「!!」
考えていた事にズバリ返されたような言葉に、ギョッとして目を向ける。
ノンビリと横になったまま、薄目を開いてこちらをボンヤリ眺めていた少年が、やっとこ反動をつけて起き上がる。
「ふぁ〜あ・・・★ なかなかの寝心地だった、かな・・・?」
コキコキと首を鳴らしつつ、ゆっくり立ち上がった少年は、またもや生欠伸ひとつして、おもいっきり体を伸ばしている。
柔らかな茶色がかった髪をふわりふわりと揺らしつつ、自己流らしき体操で体をほぐしている・・・、らしい。
その何とものびやか・のんびりとした姿は、何だか・・・『特別おっとりした』リスか果てまたハムスターを想像させた。
どちらかといえば、小柄な方だろう。
眩しそうにしばたたかせている目は、不思議にくすんだ緑色(緑灰色、とでも言うのか)をしている。
「あ、あの〜・・・。」
「ああ、初めまして@」
突然何の前触れも無く、にっこり@
人懐っこい笑顔でご挨拶され、慌ててペコリと一礼。
「あ、初めまし、て・・・?」
ドギマギしている私の心内なんかはまったく意に介せず、何ともマイペース口調で頭をかきかき、屈託無い調子で彼は言う。
「いや〜、結構日当たり良くって。つい眠りこけちまった★」
「え〜、あ〜、はい。結構な眠り具合でした、ねぇ・・・。」
初対面の割には、あまりにも初対面の意識を持てない気安さを感じてしまうのは、何なのだろう。
赤面症というか対人恐怖症の気のあるはずの自分が、緊張すら持てない心持ちになっているのが不気味なくらいに不思議である。
「花が多いねぇ〜。日当たり良いから、よく育つでしょ?」
「あ、はい。育ちます、木も、花も。」
私の大好きな物はみんな・・・、と。おもわず続けそうになって言葉を飲み込む。
そこまで言っては、いくら何でも言いすぎでは無いだろうか。
まるで、この世界には自分の嫌いな物は何ひとつ無いような―、夢でもあるまいし。
「うらやましいね、花でも何でも、綺麗に咲かせる才能持ってるってのは・・・。」
「そ、そんな事無いです。私が咲かせている訳じゃないし。」
― 才能だったら、他のヒトの方がいっぱい持っているはずだし。
「あ、そう? でも、オレを起こそうとしたのは、ここに埋まってる花を咲かそうとしたんじゃなかった?」
「え、いえ、花が咲こうとしているから、邪魔して欲しくなかっただけで・・・。」
― ??? 何か、言ってる内容が、変な感じに、なってきた感じ・・・???
考えている内容まで微妙に変かもしれない、と。
少し深呼吸してみる、その脇から。クスリ、と小さな笑い声を投げかけ、少年。
「邪魔してゴメン?」
「あ、いえ、私の方こそ熟睡しているトコを邪魔してしまって・・・★」
― あらあら、何だかやっぱり変な感じ。いつの間に私は謝る方になったのかしら・・・?
それもこれも少年の、やたらに人懐っこい雰囲気及び、その笑顔、ついでに言えば不思議な話術によるものだと思える。
「でもさぁ〜、元はと言えば、オレ、カカシの代わりにいてやったんだよね〜。」
「・・・・・・は?」
「お花や木も良いけども、カカシくらいは用意しておいた方が良いよ〜。最近は、物騒だし?」
にっこりと、少年が小首をかしげてイタズラっぽくウィンクひとつ。
その言葉が終わるか・終わらぬ内に・・・、突然強い風と共に、暗い影が落ちてくる。
心臓がひっつかまれたような冷ややかさと、不快感・・・。
思い出したくない事が、今までカケラすら思い出さずにいた事が、突然襲い掛かってくる。
― 聞きたくない・見たくない・思い出したくない・・・・・・!
声にならない悲鳴をあげ、耳をふさぎ・目を強く閉じても、暗く重い物がのしかかってくる。
― 立ってられない・しゃがむことすら出来ない・・・、誰も助けてくれない・誰も助けてなんか、くれない・・・!!
「うん、まぁ、そうだね―。」
悪意にまみれた言葉の数々を物ともせずに、何の屈託も無く、聞こえて来る声。
同情している風でも無く、ただアッサリと、いかにも単純にそうだから、と、告げてくる声が、ハッキリ聞こえてくる。
「お宅が感じている事を、オレにまったく同じく感じろって方が、そも無理な訳なんだから―。」
悪意の嵐などはドコ吹く風と、のんびり笑う少年の姿は、暗い影に飲み込まれる事も無くたたずんでいる。
「お宅の事なんざ知ったこっちゃ無いオレが、お宅を助けようって事自体に期待するのも、妙な話ってな訳で・・・。」
にこにこにこ。彼にもおそらく聞こえているだろう悪口雑言、見えているだろう不快な光景、感じているだろう数多の侮蔑・・・。
― なのに、何でこのヒトは、何も変わっていないようにふるまえるのか・・・。
本当に彼だけは、何も変わっていないのか・・・?
暗い意図がいらだちながら、自分の味方にならない少年を自分の影にひきずりこもうとするのが見える。
黒い巨大なカラスの蹴爪が、柔らかな毛並みの小さな動物を、餌食にしようと襲い掛かる―。
― 危ない! 逃げて! ここから、逃げて・・・・・・!!
虚構の町、イヤな事をすべて捨て去った私の夢の中の町―、花や木しかいないはずのこの町に、唯一現れたヒトを助ける力は私には無い。
祈るだけが精一杯で、自分の事を一瞬だけ忘れて―、声にならない悲鳴をあげる。
「心配ないよ。」
聞こえるはずの無い声に、少年がごく自然に応えてくれる。
「心配ないよ―、ことさら頑張って、見知らぬ誰かを『助けてやる』ほど『善人』でもないが・・・。」
襲い掛かる悪意を笑いながら紙一重に避けながら、ごく軽い口調で彼は言う。
「ムカつく奴を笑って流すほどの『お人好し』でも無けりゃ、そいつを野放しにしておくほど、『寛大』でも無いし―。」
今や町の姿すら感じられなくなった有耶無耶な空間の中―、禍々しい凶爪を踊るように避けながら、にっこり・さわやか・満面の笑みを讃えて。
「っつーか、むしろ―、うぜぇ奴は根こそぎ撤去?」
・・・その台詞と共に―、突然無数の光に切り刻まれる、大ガラス―。
グワァ、と。実にカラスらしい最後の一声と共に、私を捉えていた不快感が綺麗さっぱりと無くなってしまう。
いつもの風景、いつもの町―。
いつもと違う、新しい花の咲き乱れる、新しい花壇―。
「ふ〜ん、こんなんなるんだぁ〜。」
一番いつもと違っているのは、道行く人々からの奇妙な視線をものともせずに、相変わらずの超マイペースで感心している少年と。
「やれやれ・・・。花の観賞に突き合わせる為だけに、わざわざ俺のコトを呼び寄せないで欲しいものなんだけどね・・・★」
いつしか現れていた長身の青年(この人もまた、猫型雰囲気の美形なのは、やはり類は友を呼ぶという奴?)は、私の視線に気付くや。
綺麗にウィンクひとつ決めてみせ、丁寧に優雅な一礼をしてきた。何というか、大人びた仕草がよく似合う。
「何か、失礼な事でもしてませんか? ・・・まぁ、悪気は無いんです。常識も無いだけで・・・・・・。」
目線で少年を示しながら、ひそやかに甘いテナーの囁きにて、結構な皮肉を言ってきた青年に、おもわず失笑してしまう。
「どうせなら『イカレてる』と言ってくれ。お前も立派な『ご同様』だけどな、<チェシャ猫>。」
少年の台詞に、大袈裟に肩をすくめて両手を広げて見せるゼスチャー。
あまりにも有名な童話のキャラクター名で呼ばれた青年は、確かに不可思議な派手さがある。
クセの強い髪の前一房だけを色違いに染め、露出させた片目は綺麗なエメラルド・グリーン。服は体に即した黒のスウェード(というのだろうか。手触りの良さそうなしなやかな布だ)の上下を身につけ、ワンポイントに肩と腰に豹柄の布をアレンジして巻きつけている。
・・・美形で、猫型なキャラ・イメージなのであまり気にしなかったが・・・、ひょっとしたら確かに・かなり『イカレて』いるのかもしれない。
「久々に、それも人をこき使っておいて酷い言い草じゃないか<Dormouse>?」
さして気にした様子も無しに、面白そうにミスター<チェシャ猫>は少年に言葉を返すと、しげしげと花壇を眺めて言ってくれた。
「なるほど―、彩り豊かな・・・、まさに主の心を代弁した花々だ。これからは、一層美しく栄える気がするね、マドモワゼル?」
「ありがとうございます。あの、<Dormouse>っていうと、ひょっとして<眠りネズミ>・・・?」
「それは、また別にいる。あいつはインドア派、オレはアウトドア派なんだ。」
「かなり判りにくい話の飛び様で、申し訳ない。良かったら、<ヤマネ>と呼んでやって下さい。」
「あ、はい、<ヤマネ>さん、ですね?」
「『さん』はいらない、<ヤマネ>で良い。」
「あまりお嬢さんを困らせないように―。世の中、敬称略ですべて通るとは限らないんだよ、<ヤマネ>。」
「オレ、敬称嫌いなんだってば。」
「あまりダダこねると、別名で呼ぶ。」
「・・・・・・・・・。」
「イイ子だ@」
何だか含みのある会話に遠慮しつつ、二人のやり取りを見守ってしまう。
そして、思う。
― 今更だとは思うのだが、この人(というには人離れした感がしてならないが)達は一体何なのだろう?
何だか夢うつつの内に、助けてもらった気もするのだが・・・。
―助けてもらった・・・、何から・・・???
「そんで、この花の名前は?」
「え? ああ、ペティギュアですね。」
「ふーん。いろいろあるなぁ、花って奴は・・・。」
「君が、花の名を覚えようと努力して、その記憶に成功した話はあまり聞かないが・・・。」
「まぁね。花なんか、咲いてて綺麗ならどうでもいいし。」
人に尋ねておいて結構失礼な物言いだな、と思いつつ。
通りすがりの少年の屈託無い、心底明るい物言いには何故か悪意を感じられずに。
私は小さく微笑んで、小首をかしげて見せる。
「とりあえず、参考にはなった―、と、思う。ありがとぉ、親切なお姉さん@」
「いえ、お役に立てたなら・・・。」
保護者にも見える青年が、人当たりの良い笑顔を向けて一礼して来るのに、礼を返す。
人通りも増えてきた―、そろそろ昼休みも終わりそうだし、帰らなければ。
「ああ、そうそう―、俺もお役に立ちそうな豆知識ひとつ。」
「え?」
人差し指をスッと立てて、軽く片目をつぶって見せ、少年は言う。
「花の種植えたら、今度はカカシ代わりに『ヒト』たくさん歩かせると良いよ。
どうせ連中、カカシみたいなモンなんだから、さ―@」
Fin.
20070601
Thanks
for you.
〜 あとがき らしきもの 〜
はい、初めましての方も・お久しぶりの方も―、ども。<K>です。
いわゆるDOHDOH物語(判らん人へ『どうでもイイ話*二乗』という意味無し・オチ無し基本の話をこう呼ぶ@)です。
久々書いたら、えらい懐かしい人々が出て来てしまった。
でも<ヤマネ>の事だから、また気が向かなければどっかにさまよい出る可能性大である。・・・アウトドア派だし^^;
どさくさ紛れに<チェシャ猫>(ファンの方、ちょい役ですがお気に召していただけましたでしょうか@)や<帽子屋>召還出来る非常識野郎は貴重ですが、何せわがまま超弩級ですので、ま、気が向いたらまた出没するでしょうから・・・。
その時は、つきあってやって下さいませ。
『灰色いちまつ文様』がそもそも『DOHDOH』なので、ま、勘の働く皆様ならば、「あ、読んで笑ってりゃイイのね」って事で〜@
時々、こういう不可思議プロット有耶無耶が書きたくなる作者の阿呆につきあって下さる方おりますれば、また遊んでやって下さいませ。
そんなこんなで、それでわ〜。またその内、お目にかかりませう@
おつきあいの程、大恩謝々@ ご縁がございましたら、また〜@ 再見@@@ <K>