←脱兎

20070624

破顔一笑

  

 「今日も一日、お疲れ様でしたぁ!」

  やっと一日が終わって、帰途につく。

  いつも通りの夕会の挨拶。

  その白々しいまでの明るい響きが、かえって一日の疲れを更に重い物に感じさせると思うのは、自分だけなのだろうか?

 「何だよぉ。すっげぇ疲れきった顔しちゃってさぁ?」

 ― 疲れているんだよ、と。口に出すのも面倒臭い様子でドンヨリと相手を見上げる。

大して背の高さでは差の無い相手の顔が、何だか異様に高い位置にあるように思えるのは、やっぱり疲れているんだろう。

 「何? 俺、何かマズイ事言っちゃった!?」

 「え、いや、別に。何で・・・?」

 「だって何か今、すんげぇ睨まれたみたいだったからさぁ・・・★」

 「え、そぉ? そぉなのかな・・・。」

 「折角の『ハナキン』だってのに・・・、具合悪そうだな、ホント・・・。

誘おうかと思ったけど、やっぱイイや。今日は早く帰れよな、じゃ!」

  答えも待たずにさっさと着替えて、立ち去っていく同僚。

  悪い奴では無い。良い奴でも無い。・・・普通の、単なる、お人好しの部類だと言ってもイイ感じの・・・、いわゆる同期の友

  人。

   会社でつるむ、孤立しない為につきあっているだけの、軽い関係・・・・・・。

  更衣室に、人の気配がまったく無くなるのを狙っているように。のらり・くらりと着替えをし、やっとノソノソ外へ出る。

  残業決定の人々を後に残し、定時帰りの人々の群れに混ざり込む。

  その多くが流れて行く夜の街―ネオンの海、とか昔小説で表現あったっけ―へのルートには敢えて逆らい。

  それでも、まっすぐに一人の部屋へと帰る気にもなれずに、重い足をひきずりながら、とりあえず前へ・前へと歩いて行く。

  

 ― 疲れた・・・、ホント、疲れた・・・・・・。

  頭の中で繰り返されるのは、自分の物というよりも、自分の頭の中で更に疲れきっている何者かが呟いているような、タメ息交じりの呟きだ。

  自分の声音を使って、他の誰かが始終タメ息をつくようになったのは、一体いつからだったろう・・・。それほど、昔の事でも無かったような気もするが、昔っからそうであったような気もするのが、困ったモノである。

 ― 疲れた・・・、疲れた・疲れた・疲れた・・・・・・。

  最近は、特にそうだ。もともと苦手な接客仕事。営業が足りなくなったからと、無理矢理移動させられてしまった、今の部署―。

 事務仕事だって、確かに得意だとは言えなかった。入社当時の第一志望は、営業だったんだ・・・。それが、あの時には『営業志望が多かったから』だと事務へと回された。

 ― それでも決まった事だからと、頑張ったんだ。やるだけやって、頑張ったのに・・・。

 やっと手馴れてきて、それなりに事務仕事の楽しさや苦しさが見えて来たトコロで、配置換えだ。今度のお題目は『誰でも出来る事務仕事は新人でも構わない』―。

 ― 『営業は、新人からの視点やヤル気も大切だが、ある程度会社の事を知り・商品を知る者にもやって欲しい』・・・。

  営業用スマイルを満面に貼り付けながら、人事の隣でのたまう営業マンのお偉いサンを前にして。知らず強張っていた顔が『営業用スマイル』になっていたのかどうかが、今でもよく判らない。ずっと書類や電話を相手にしていた自分の顔が、知っている人から知らない人まで、均等にお人好しの笑顔を向けられる機能を、まだ持っているのだろうか・・・?

 ― 『大丈夫―、君は最初、営業希望だったじゃないか。面接だって、立派なものだった。あの時はいろいろな事情で希望に添える形には出来なかったが、かえってそれが君の中の力になってくれるかもしれない。事務の流れを知っている営業ならば、事務との連携をよりうまくこなしながら、売上に繋がる仕事をしてくれると、信じているよ・・・』

  ニコニコしながら、差し出された手を、しばらくボンヤリ見ていた覚えがある。それが『握手を求められている』と気付くまで、  

 結構かかったはずだ。名前を呼ばれ、強制的に手を拾われ握り締められて、ポン、と肩を叩かれるまで、ハッキリ言って意味に気付 

 いていなかった。

 ― 『期待してるよ、頑張ってくれ。判らない事は、出来るだけサポートするしね・・・』

・・・確かに。最初から営業だった同期よりも、随分優遇されているような気はする。みんな無理矢理引きずり込まれた自分に対して申し訳ないくらいに気をつかってくれている・・・。

  それがかえって、重荷に感じられるくらいに。自分は、こんなに内向的であったかと、こんなに対人的に臆病であったかと、自分で自分が解らなくなるくらいに・・・・・・。

 

 「・・・・・・はぁ・・・。」

  不意に立ち止まり、大きく深いタメ息をつく。体の中の空気を抜くように、肩を落とし、前かがみになりながら―。

 ― 『若いのに、エライねぇ。君の礼は、ホント深々〜としていて、こっちがかえって申し訳ないくらいになるよ。』

  少し歳のいったお客さんに、よく言われる台詞が、不意に頭の中をよぎる。

  褒め言葉とも、皮肉とも取れてしまうような色合いの台詞―。

  『ありがとうございます』、いつも決まった返しの台詞に、彼らは決まって苦笑いして、こう続けるのだ。

 ― 『うん、君はホントに礼儀正しい。あとは、もうちょっと、覇気というのがあると良いんだがね。せめて、もう少し笑ってみるとかどうかねぇ・・・?』

  お客様のご要望には、なるべく応えたい、と思ってみる。ましてや、彼らはちゃんとご注文をくださる『ありがたいお客様』なの 

 だ。

  そう思いながら、なるべく微笑んでみたりする。・・・それは、自分でもハッキリ解るくらいに、強張った笑い・・・。

 ― いつからだったっけかなぁ・・・、こんなに、自分の顔が、自分の顔じゃないみたいな感じになったのは・・・・・・。

  これじゃぁ、まるで―、と。タメ息がまた、口をついて出る。

 ― まるで、希望から外れた仕事をもらって、つまらない・つまらないと思い込んで、とりあえず顔に貼り付けておいた『笑顔』が、そのまま顔の上にいついているみたいな感じじゃないか・・・・・・。

 「もう、必要無いってのになぁ・・・。」

 ― こんな、『つまらない』ってのを隠す為だけの、作り笑いなんか・・・・・・。

  そう―、正直に言ってしまえば、今の仕事は楽しいのだ。営業仕事は、結局自分には向いていると思える程度には―。

  それなのに、何故か疲れて仕方が無い。楽しくて仕方が無いのに、何故か・何故か、異様に疲れて仕方が無いのだ。

   

 「くっだらねぇなぁ・・・。」

 「え?」

  ふわぁ、と。突然人の心を読んだような台詞をのたまって、大きな生欠伸を隠そうともせずに、大きく伸びをした人影に気付く。

  えらく小柄な(身長160cmは絶対到達しない。155cmもあれば十分だと思われる)・・・、こんな時間に繁華街にいるのが不適切な感じの、茶色い柔らかい髪の少年A。暗いはずなのに、ハッキリとその瞳の色が、緑がかった灰色・・・いや、灰色がかった緑色をしているのが判る。

 「く・だ・ら・ね・ぇ、っつーてんの。」

  背をもたれかけていた壁から身を離して、ゆっくりと近付いてくる少年。

 「楽しいんだろ?」

 「え? え?」

 「楽しいから、楽しい顔したいんだろ?」

  何でそんな事が判るのか―、などと聞き返す気力も無いくらいに疲れていたせいか。

それとも、聞き返す気を持たせないくらいに『意味不明なまでにゴリ押し』な勢いを持った少年の台詞のせいか。

 「え? あ、う、まぁ・・・★」

  歯切れの悪い調子ながら、恐る恐る、うなずいてしまう。

 「楽しいから、楽しい顔したいんだけども、出来ないから妙に疲れちまうんだろ?」

 「あ、あ、そ、そうなのかな・・・?」

 「自分の事だろ、自分でそう思わないんか?」

 「あ、うん、そうかも・・・。でも、何で君が」

 「そう判るかって?」

  ニィっと、口の端を引いて笑う、少年。少し細くなった目に、何だか人懐っこく見える笑顔。少年相手に何だが、何だか『可愛らしい』という表現がよく似合う感じだ。そう・・・、何となく、リスやハムスターのような可愛らしさ。

 「だってお宅の顔に、そう書いてある。」

 「・・・顔に?」

  からかわれているのか、と。少し苦笑めいた感じで頭をかいてみた仕草に、やれやれ、と嘆息する少年。トントンと、額の中心を人差し指で叩いて見せながら、片目を瞑ってみせる。―実に、コケティッシュ。

 「あんさぁ〜、いくら何でも、自分の毎日の面くらいは、顔洗う時にでも鏡で見ておけよなー★」

 「え、あ、うん、まぁ・・・。」

  そういえば、顔洗ってもタオルで拭いて終わり。そう鏡に映った顔なんて、シゲシゲと見たコトなんかありゃしなかったな。

 「な、なるほどなぁ・・・。」

 「本気で理解しようとしているとは、言い難い反応・・・。」

  実にイヤそうに、ボソッと呟いた少年の声に、少し慌ててしまう。

 「いや、本当、今度から気をつけるよ。あの・・・」

 「<ヤマネ>クン、ただでさえ気弱になっている人を、あまりいじめない方がよろしいのでは?」

  やんわりとした、えらく丁寧な言葉使いの新たな人物登場に、そちらを見て・・・目が点になってしまう。・・・『どちら様』かと、おもわず問いたい。何で日本のこの時間帯に、その姿で出歩いているのかと、問い質したくなってしまうような、すごい出で立ち―。

  まず目を奪うのは、とにかく目立つシルクハット。シルクハットなんかをかぶっているだけで、大層目立っている気がするのであるが、それがまたハンパで無く目立っているのだ。つややかな漆黒の帽子生地に、これもしなやかな真紅のリボンのワンポイント・・・のみならず。やたらとデカイ値札(10シリングと6ペンス・・・、この型式の帽子、とかいう注意書きがついている物)がそのリボンにしっかりとピン留めされているのが見て取れる。

しかも、頭に対して微妙に大きく、被っている当人の目元が帽子で隠れてしまっている。・・・あれでは絶対に、前が見えないに違いない。違いないのに、こちらを帽子を透かして見ているように感じられるのが、結構怖い。怖いけども怖くないのは、顔に見られる柔らかい微笑みと、当人の醸し出す優しげな雰囲気によるものらしい。

  それに、当然のように(!)衣服はタキシード仕様なのだが、これがまた見るからにくたびれた様相を呈しているのが、笑える。大きな胸元のハンカチーフも何だかくたびれているし、ネクタイ代わりの大振りの若草色のスカーフ(これがまた、フンワリとリボン結びされているのだが・・・、違和感が無いのが不気味)もなんだかしなだれている感じである。

 「いじめ〜? オレ、いじめてる?」

 「君、時々自分の個性の強さを忘れがちになりますからねぇ・・・。」

 「ひでぇコト、相変わらずサラリと言ってくれんな、<帽子屋>サン★」

 「ああ、<帽子屋>サン・・・・・・。」

  その言葉に、えらく納得。だから、帽子だけは新品で、値札もついていたりする訳か・・・。

 「どうも、お初にお目にかかります。」

 「あ、はい、どうもご丁寧に・・・。」

  シルクハットを優雅に取り、丁寧に一礼してくれた相手に。こちらもつい、いつものクセで、名刺を取り出し手渡してしまいながら。

 「ああ、こちらこそ恐縮です。」

  名刺を渡したまま、不躾けにも、ついつい凝視してしまう、相手の顔―。帽子の下は、また帽子―。これもまたまた『売り物』らしく、しっかりと値札付き。先程のよりも、心持ち安いらしい。

 「あの・・・」

 「はい?」

 「こ、個人営業、という奴でしょうか・・・?」

 「ああ、まぁ、そうなりますかね。」

  名刺をしまいこみながら、相変わらずの人当たりの良い感じで微笑み、応えてくれる<帽子屋>さん。

 「まぁ、未だかつて『お売りした事が無い』ので、営業として成り立っているとは申し上げにくいのですが・・・。」

 「あ、はぁ、そうなのですか・・・★」

 「ええ、まぁでも、これは私が『帽子屋』である為のステイタス・シンボルのような物ですから。」

  ニッコリ、微笑み。またもや舞台俳優の如く優雅な一礼。

 「あまり、ソノ点は気にも留めておりません。それがまた、個人営業としての利点でもある、とも言えますが。」

 「あ、なるほど・なるほど・・・。」

  これまた深く返礼しながら、すごく納得してしまった自分の後頭部から・・・、強い刺激ひとつ。

 「んな訳ねーだろ!」

 

  ― ボッコン★★★

 

  ・・・強い刺激・・・、というか、控えめに表現してみても、仕方無い。要は、あの少年に、後頭部を殴られた、らしい。

  

「ああ、<ヤマネ>クン・・・。折角和やかな感じであったのに・・・。」

「和やかだぁ? 商売っ気の無いって自慢話でいらん時間費やすだけじゃん。オレ、そんなのに付き合ってられる程気ぃ長くないぜ?」

 「う〜ん・・・。だからといって、暴力で早期解決てのもねぇ・・・・・・。」

 「人聞きの悪い。『暴力』だなんていうレベルの問題じゃねぇじゃん、単に刺激与えてやっただけだろ。」

 「いや、でも予告無しでってのは非常に後々問題が・・・」

 「『殴るぞ』っつって『いつでもオッケ@』とかいうタイプだった方が、考えるだけにイヤだと思うんだけどな、オレ的に★」

 「ああ、ある意味そうかもしれませんね。『合意の上での暴力』って、確かにSM趣味っぽい。」

 「だ・ろ〜???」

  相変わらずのんびり穏やかな<帽子屋>青年と、実にイヤそうに聞こえる少年の会話が、ヤケに遠くに聞こえた気がする。

  ―というか、その時の自分は、ハッキリ言ってその会話に対して、四の五の考えられるような状態では無かったかもしれない。

  

  ―なんとなれば。後頭部に一発いただいた、その瞬間に―。

  自分の目の中に、何やら白い亀裂のような光が走り・・・。

  次の瞬間には、スルリと何かが顔をすり抜け・・・、ペタッ、と―。

  目の前の地面に、まるでタマゴを割ったように、何かが落ちる。

・・・たゆたゆたゆ・・・・・・。

白身の中に浮かぶ黄身。もっとも、そいつは黄身ではなく・・・、『自分』。

 

  『自分の顔』が、強張った笑いを浮かべながら、残った『自分』の困惑しきった顔を見上げている。

  いや―、困惑した顔を見上げながら、たゆたゆしながら『自分の顔』を苦笑して見上げているのが、『自分』なのか・・・?

  どっちの視点が自分の物なのかに混乱しながら、ただ・ただそれから目を離せずに、見詰め合うばかり。見詰め合うばかり―。

 「ま、いーじゃん。結果オッケみたいな感じだし?」

 「ど、どこら辺が『オッケ』なんだって!?」

  つい声を荒げて叫んでしまえば、地に落ちた顔がたゆたゆしつつ、ケラケラ笑う。

  ケラケラケラ、実に愉しそうな感じで笑う顔―。ちっとも営業用スマイルなんかじゃない、あからさまに嘲笑めいている。

 「お〜お。やっぱ鬱屈溜まって、笑いのセンスまでが偏っている感じだね。」

  実に感心したように呟き、面白そうに笑う少年に、また一言を怒鳴ってしまいそうになる。そこへ、のんびりした青年の声。

 「まぁ、まぁ。そう怒られませんように―。事実、ここに分離したのは、今まで貴方を抑圧してきた『顔』なんですから。」

 「って・・・、どういう意味・・・、です?」

  相手の丁寧な物腰に釣られて、少し興奮を押さえつける事に成功し。問いかけてみれば。

 「そのまんまの意味だって―。不満で不満で仕方が無くって、それでもそういう顔している訳にはいかなくって、てめぇで仮の顔作って貼り付けておいたんだろ?」

  ひょいとおどけたように『顔』を覗き込んでくる、<ヤマネ>少年。覗き込んでくる愛嬌のある顔と、覗き込んでいる柔らかな小さな後ろ頭とが、一度に見えるのがまた混乱を与えてくる。

 「あんまり辛いようでしたら、少し目を閉じられたら宜しいですよ―。」

 <帽子屋>さんの声に、スッと目を閉じてみる。訪れる闇の中―、不思議と彼らの存在は変わらず、見えている。

 「んで? どうする?」

  やけに陽気に尋ねて来た少年を、いぶかしげに見つめる。どうする、というのは、どういう意味なのだろう・・・?

 「ふたつも顔あったら、ややこしいだろ? どっちかツブすか?」

 「つ、つぶすって・・・★」

  ゴクリ、と。不穏な響きに唾を飲み込んでしまう。無邪気な顔して、なんて物騒な台詞を愉しそうに提案してくるんだろう、この少年は・・・!

 

 「い、痛いんじゃないのか、それは、相当・・・?」

  何と言ったら良いのか分からず、やっと口をついて出た台詞は、それだった。少なくとも、どちらも自分の所有物であるならば。それを『つぶされた』ら、相当・・・、痛いんではないか、と、思われる。

  ケラケラと、地に落ちた顔を思わせるような声を立てて笑う少年。本気で面白がっている様子が、少なからず腹立たしい。悪意すら感じ取れなくも無い。

 「痛覚としての心配なら、そう気にする事ねぇってば。第一、『痛い』のは、先刻終わらせちまったじゃん?」

 「そうですねぇ〜、それよりも『顔をつぶされた』後の、貴方の存在に対する影響の方がどう発現するのか―。」

 「か、『顔をつぶされる』って・・・★」

  そういう直接的な表現としてはあまり用いられないフレーズに、一瞬目を白黒させて考え込んでしまう。でも、今回の場合には、実質そういう話―、なのだろうな。本当に、地に落ちたタマゴの黄身に対する・・・・・・。

 「一気に、ふたつも視点操れるほど、器用じゃなさそうだもんな、お宅って。」

 「そ、そりゃ、普通は・・・。」

 「現に、さっき目を回していたしさぁ?」

  莫迦にしたような口調に、少なからずムッとして。不機嫌な色合いの台詞をぶつけてしまう。

 「君なら、ふたつも顔あって大丈夫なのか?」

 「最初っから作らねぇもん、オレは。そんな、莫迦々々しいモン。

  アッサリ言い切り、ニッコリ無邪気な笑顔を見せる少年。これだから子供は、と。おもわず舌打ちしたくなってしまう。

  そう出来れば―、それで済むならば、誰がこんな要らない苦労を、疲労を、感じるものか・・・・・・。

 「ちなみに僕は、ふたつくらいなら何とかしますけどね。」

  こちらもアッサリと言い切ったのは、<帽子屋>サンだった。つい思いっきり目を見開いて、その帽子に隠れた顔を見つめてしまう。

 「<帽子屋>、少しはそいつにも考えさせないと〜。あんま甘やかすと、クセになるぜ〜?」

 「まぁまぁ・・・。謎々が苦手な人ってのもザラにいらっしゃるんですよ、世の中には・・・。それに」

 「それに?」

 「分離した顔って、ナマモノですから。急がないと、ただでさえ『腐れている』のがそれこそ『賞味期限切れ』になってしまいますから・・・。」

 「だから?」

 「ええ、まぁ、その・・・。」

  パキッ、と。白い薄手の手袋をした華奢な手が、指をならすなり・・・。

 ― 顎下に、強い衝撃が・・・。

 「・・・結局、『早期解決』かよ・・・・・・★」

 「まぁまぁ・・・、世の中、ちょっとした代償で大きな得を手に入れる事も、ままある、というコトで・・・。」

 ― ニッコリ、安心させるような笑顔を見せて、シルクハット片手に優雅に一礼する青年の姿が、見える。それから・・・・・・。

  

  

   

 ― それから、僕は、夢を見るようになった。

  それはいつも、何かを見上げている夢・・・。

  いつも、何かが目の前を通り過ぎ、時折それは自分の心に何かをもたらす・・・。

  それが何だったのかは、どうにもよく思い出せない。

 ― それは、きっと夢だから―。

  夢は現実に持ち帰れないけれども、とりあえず。

  あの日から、自分は自分の感情を表現するのに、妙な戸惑いを覚えるような事は無くなった。

  昔から、そうだったように―、素直に、自然に、泣いたり・笑ったり・怒ったりが出来るようになった。ただ・・・。

   

 ― ただ、ちょっと困った事には・・・。

  時折、自分が自分で無くなったように、異様な大笑いをしてしまう時がある。

  それは、何というか・・・。

  実に奇妙な感じなのだが、陽が落ちて、夜の帳が下りる頃・・・。

  いわゆる黄昏刻―、逢魔ケ刻、とでも呼びたくなる頃に多いのだが・・・。

  笑った拍子に、何故か自分の中のもう一人の自分にも笑いが伝染し、実に二人分の笑いを発した結果、とてつもない莫迦笑いに発展してしまう、というような・・・。

  

  

 

 「だっからさ〜、いらん面子なら、つぶしておいた方がお得だったんじゃねぇかってさぁ・・・?」

 「!?」

  すれ違った見知らぬ声に、おもわず振り返ってしまう。

  夜のネオン街、背の高い連中の中で、やたらと背の低い影が見て取れる。

 「物騒だねぇ・・・。」

 「ま、一理あるけどな。」

 「不要か無用か―、いずれにしても持ち主の意向が最優先かとは思われるがね。」

 「あっはっは、それってどっちにしても廃棄物じゃん!」

 「それでも結局―、どちらも『自分』なら、やっぱり一応取り置き基本で良かったのでは?」

 「『自分』からは逃げられないってか? ま、その落ちたのってのも一応『自分』、仮にも『自分』・・・。」

 「いずれ必要になるかもしれぬ、と?」

 「そぉんな優し〜いタマだとは思えないけどな、俺には、こいつ。」

 「人聞き悪いなぁ・・・。」

  困ったようなはにかみ声―。

 「まぁ、あれですよ。たとえ同調した感情の発現値が、倍付けになって影響されるようになったとしても・・・。」

 「まぁ、有意識界と無意識界とに顔の向き振り分けただけだしなぁ・・・。」

 「しっかり同一存在として存在している以上、一個人として影響は受けますよねぇ・・・。」

 「うっかり『喜んだ』り『怒った』り『哀しんだ』り『楽しんだ』り、それが両方の『顔』で一度に起こってしまったとして?」

  聞き捨てならない話の流れに、つい耳をそばだてさせてしまう。

 「彼は『大人』だそうですから、きっと立派な自己規制をしていただけるモノと・・・・・・?」

 「ぶわははははは・・・!」

  突然、笑いが、その一群へと伝染する。笑いに笑った内の一人が、息を整えながら、皮肉まじりに言ってのける。

 「マジ? 『大人』なんて、そんな童話にも出て来ないような、想像上の存在・・・・・・!」

 「傑作だね、それは・・・!」

 「世の中、『子供』しかいないってのにねぇ・・・っっっ!!」

 「そうですね―。」

  澄ました声が、まっすぐこちらを見つめながら、そう呟くのが耳にシッカリと届いてくる。

 「そう・・・、世の中には『小さな子供』や『大きな子供』しか、いないものなのですけどね・・・。」

  シルクハットを手に、優雅に一礼する影法師―。

   

  何故か、笑いがこみ上げてくる。無性に哀しい思いと、止めようの無い笑いが・・・・・・。

 「おお〜い、どうしたぁ?」

 「いっつの間に遅れてんだよ!」

 「っていうか、何? どうしたの? ・・・泣いてるの・・・?」

 「いや・・・。これ、泣き笑いって奴・・・???」

  心配して来てくれたらしい同僚達の声と、肩や背にかけられた手の暖かさにまた込み上げてきた思いを飲み込んで。

 「大丈夫、行こう!」

  今や夜闇と見分けがつかなくなった見知らぬ・・・、けれども懐かしい一団の姿から目をそらし、歩き出す。

  ― そう―、僕は『大人』なんだから。折角残してもらった物なら、せいぜい活用させてもらえばいい。少なくとも―、これから  

   笑うネタには当分困りそうもない。

 

  そう心の中で呟いて、仲間達の下へと戻る。『大人』という名の、存在する訳のない連中の一人として―。

 

― そして、破顔一笑―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        Fin.

20070625

Thanks for you.

 

 

 

 

  〜 あとがき らしきもの 〜

  

  はい、初めましての方も・お久しぶりの方も―、ども。<K>です。

  いわゆるDOHDOH物語(判らん人へ『どうでもイイ話*二乗』という意味無し・オチ無し基本の話をこう呼ぶ@)です。

 『灰色いちまつ文様』がそもそも『DOHDOH』なので、ま、勘の働く皆様ならば、「あ、読んで笑ってりゃイイのね」って事で〜@

  

  ってな訳で、第二弾。

 いつの間にやら、シリーズ主人公化している<ヤマネ>クン(今回も、ご満足いただけましたでしょうかー?)。

 そして今回は、何気にその仲間の皆様がほぼオールスターで出没・・・もとい、出演しておられますです。

 (っつーか、これ全部分かったらエライこっちゃですな。数人分かっても偉いぞ、きっと。)

  前回が<チェシャ猫>脇役だったので、今回は<帽子屋>サン登場です。

 <帽子屋>さんファンの皆様、一応性格の裏表一挙公開に成功してみたつもりですが、いかがでしたでしょうか?

 うーむ。書いてて実は、某三人組の中で<チェシャ猫>が一番白に近く、<マウス>以上に<帽子屋>の方が黒に近い灰色キャラだと思ってしまいましたの事ですよ。

  ・・・っつーか怖いよ、一番。<帽子屋>さん。怒らせると・・・(絡め手でしか報復せんからな、こやつ)・・・★★★

 

  そゆ訳で。

  話の方は、どうぞ自己解釈にてお好きに御調味下さいませませ〜@@@

  (ちなみに自分の中では、相当黒に近い話に分類されておりますです。前回なんざ比べ物にならんくらい。もっと黒バージョンもあったしなぁ・・・。流石にちょっとそれはヤバイだろってんで、自己規制してみました、ハイ^^;)

  そんなこんなでー。時々、こういう不可思議プロット有耶無耶が書きたくなる作者の阿呆につきあって下さる方おりますれば、また遊んでやって下さいませ。

  それでわ〜。またその内、お目にかかりませう@

  おつきあいの程、大恩謝々@ ご縁がございましたら、また〜@ 再見@@@              <K

 

 

 

 

 
 
 
 
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